輪るピングドラム第17駅「許されざる者」感想

陽毬ちゃんかわいい回。作画の良さなら1番では?

 

病室でたこ焼きを焼く高倉兄妹。いや病室、広くね…?個室とはいえ応接セットとかないでしょ。いや、これがスタンダードなの…?

 

お礼に、とマフラーを編む陽毬。「ないしょ」と笑う顔が本当にかわいいですね。。兄ふたりは相手が自分達とは知らず、やきもきしてしまうわけですが。こういうのもまた、良くないですか?ねえ。

薬があれば安心、と思っている3人に対し、桃果はピングドラムを手に入れろ、と迫ります。

「このままピングドラムを放置すれば、お前たち家族の誰かが、罰を受けることになるだろう。」

それは確かに、そうなんですよね。眞悧先生がはっきりと「この薬はキス」と宣言しているのですが、ピングドラムの世界でキスは人を救わないので。では何が救うの?というと、果実なんですよ。

「俺じゃ、ダメなんだろ。もう、俺には陽毬を救うことはできないんだろう」

「お前にはできる。妾にはそれが分かる。なぜならピングドラムとは、それは、お前の…」

「俺には、無理だ…」

はいこれ、絵面が性存戦略。

という話はさておいて、その果実を、冠葉が陽毬に与えられるはずなのよ、ということを示唆しているのがこの会話なんだよね(たぶん)。なぜならピングドラムとは、それはお前の…何かというと、(ピングドラムの指す範囲の解釈にもよるが)狭い範囲で解釈した場合、それって元は冠葉の命だったわけですよ。

冠葉が晶馬と共に生きることを選び、自ら晶馬に分け与え(そして晶馬もまた受け取ることを選択した)その命(&それを分け合う行為の背景にある愛)がピングドラムであり、果実と呼ばれているものなので、当然それをもう一度やればいいわけです。でも、それをやるためには、もう一度きちんと色々なものに目を向けなければいけないのだよね。過去も未来もきちんと見据えて、このような状況ですが私はあなたと生を分け合いたいのです、というのが正しい形であって、それができていない今は当然冠葉が陽毬を救う事はできないのだよ。

 

陽毬の突然の外出。これ理由が兄に編んだマフラーの色が好みじゃないと言われたから毛糸を買いに行ったのだ、というのが悲しい。愛のすれ違いだなぁ。

いつもしてもらってばかりだから、たまには私が返したいのだ、という健気発言がなんというか切ないんだよ。兄にしてみたら、陽毬が生きていてくれるだけでいいのだよね。生きて高倉陽毬でいてくれることを選択してくれていることそのものが、陽毬からのGive backだから。でも妹にはそれは分からないし、分かったところで納得できるかは不明。現実にもそういうことって、まああるよね。

 

次回は第18駅。