輪るピングドラム第24駅「愛してる」感想

最終話。

 

陽毬がガラスの破片によって傷を負い血を流しながら冠葉の元へ歩いていく画が、痛くて、綺麗で、尊い。大好きです。

ここで陽毬は「生きるってことは、罰なんだね」と言いながら、高倉家で冠葉と晶馬と過ごしていく中であった出来事をつらつら語っていきます。これ、初見の時は「晶ちゃんが口うるさいことがそんなに嫌だったの?」ってなってたんですが、それは多分違っていて、たぶん「生きること=罰」という話が先にあり、で、生きることってたとえばこういうことだったね、という話をしているんだと思います。

輪るピングドラムにおいて、生きることは誰かと共に生きる事を選択し、かつ誰かに共に生きる相手として選択される事、でした。陽毬は晶馬に選ばれ、晶馬を選び、生きていた。しかし、選び選ばれるフィールドに乗るということは、選ばれなくなるリスクを抱えることなんですよね。陽毬は一度選ばれない子どもになったことがあるから、選ばれないことの潜在的なリスクは痛み、つまり罰だった、と言っているのである、と解釈しています

それを話しながら陽毬が血を流しているのもまた象徴的ですよね。生き、誰かを選び、愛し、その人の心の柔らかい部分に迫ろうとすることは、血を流すような痛みを伴いかねないことかもしれない。

 

次に晶馬も冠葉の元へ辿り着き、自分の中から赤いものを取り出し、それが陽毬の手の中で半分のリンゴに形を変える場面。ここで観客全員の「で、ピングドラムって何なのよ」という半年越しの問いの答えが出るということになるのかな。

晶馬のリンゴ、すなわち後に陽毬に半分与えられる命は、もとは冠葉から分け与えられたもので、そのように誰かに分け与える命がピングドラムだったんですね。ここで冠葉がハッとした顔をする描写が良い。

リンゴと共に渡された言葉「運命の果実を、一緒に食べよう」もそうで、あれは陽毬が大切にしていた言葉で、それは晶馬から貰った大切な言葉だったからそうだったのであって、でも晶馬はなぜそれを言ったかというと、知っていたからなんですね。誰かに自分の命を分け与えて、その誰かに生きてほしいと願う時、なんと言うかを、冠葉からそうされたことで知っていた、という。

ピングドラム(命)と言葉が、高倉兄妹の中を巡っていたのか。。と、ここまで辿り着いた時にえも言われぬ感動に包まれたなあ。

 

そして運命の乗り換えられた世界で、再び田蕗とゆりの会話。やっぱり一番好きなので載せる。

「ゆり、やっと分かったよ。どうして僕たちがこの世界に残されたのかが」

「教えて」

「君と僕は、あらかじめ失われた子どもだった。でも世界中のほとんどの子どもたちは、僕らと一緒だよ。だからたった一度でもいい、誰かの愛してるって言葉が必要だった」

「たとえ運命が全てを奪ったとしても、愛された子どもはきっと幸せを見つけられる。私たちはそれをするために、世界に残されたのね」

「愛してるよ」

「愛してるわ」

Ep.22では「君と僕は〜」までで終わってますが、ここではゆりのコメントも追加されています。ちなみに田蕗先生の台詞がEp22とEp24で微妙に違うからオタクの人は注目してほしい。

やっぱり輪るピングドラムという作品が持っている一番核となるメッセージはこの会話に集約されていると思う。あらかじめ失われた子どもたちが、それでも誰かに愛され、愛することで、ほんとうの幸いを手に入れていく、という。これってやっぱり真理だと思うんだ。

この「愛してるよ」「愛してるわ」って全24話を通して一番味わい深い会話だと私は思う。

 

そして最後、陽毬が運命について語っています。これねここが初出なんですよね。

わたしは運命って言葉が好き。信じてるよ、いつだって一人なんかじゃない

これは乗り換え前の陽毬の台詞と解釈しても、乗り換え後の台詞と解釈しても、どちらも通るしたぶんどちらもそうだと思うんですよね。でも、信じてるよって言ってるってことは後なのかなあ。

陽毬はかつて自分を命懸けで守った兄2人がいることをもう分からないし、池辺陽毬として(小説版でそうなっています)生きているんだけど、額の傷であったり、庭の鉢植えから芽吹いた葉であったり、そういうかつて確かにあった愛の証で世界は満ちていて(ここ私が一番好きな小説の『九つの、物語』を想起させるな)、だから陽毬は一人なんかじゃないんですよね。陽毬の存在そのものが兄たちの愛の証なのだから。

痺れる。

 

結局輪るピングドラムって愛(というか、人を愛すること)って何なの、みたいな話をずっとしていたのかもしれないなあ。家族の話であり、愛の話であり、生きることと罰を受けることの話であり。

この作品は私が今まで出会った作品の中で一番響いた作品で、もちろん影響も受けたし、色々経験しながら折に触れて繰り返しみることで毎度新しい感傷を自分のなかに覚えていた作品でもある。放映10年目という節目で久しぶりに全話通して見直したのは非常に良かったな。自分もまた色々あったので。

映画がとっても楽しみです。

 

生存戦略、しましょうか。

劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』公式サイト